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045 奈良-平安時代の公平な1日の仕事量

ものづくりの世界では、数値を基本にした科学的管理法が行われはじめたのは、F・W・テイラー(米)からとされています。1881年ころ、フィラデルフィアのミッドベール・スチール社の機械工場では、親方ができ高を算出し工員の給与を支払うというやり方が行われていました。そして、親方の個人的な裁量による給与の算定法に工員たちの不満が絶えませんでした。工員が努力をしてでき高を増やせば、親方は賃率を切り下げて給与を調整するということがたびたびくり返され、そのことに不満を持った工員たちがストライキで対抗するということが繰り返されていたのです。23歳の若さで工場長になったテイラーは、工員たちも納得する公平な一日の仕事量を設定できないかと考えました。そこでまず、工員たちの作業を分析し、最も作業のしやすい作業手順を決め、標準的なスピードで作業したときに仕上がるでき高を算出してみました。そして、それを公平な1日の作業量として、給与を<でき高×1個当たりの単価>で算出することを始めたのです。でき高と給与の関係から親方の裁量を外すことで、数値的に明確にしたわけですね。この結果、工員の給与額が誰にでもわかるように数式で決められるようになり、たくさん作ればそれだけ給料も増えることになって、工員の不満も解消して、生産性も向上しました。この時に設定された標準的な作業手順、1日の作業量が、のちに作業標準や標準時間として多く

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