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慟哭の詩2018:もし、私が天涯孤独だったら

私に血縁が全くいなければ、20歳で大腸がんと闘っている若者に、自らの手でネオアンチゲンを注射し、MDアンダーソンがんセンターで治験中のMELK阻害剤を投与してあげたい。
進行がんだから、諦めるしかないとは絶対に言わない。
彼に希望を与え、笑顔を取り戻して欲しいのだ。
今まで苦しく、辛い思いをして頑張ってきた患者さんとその家族の数年間の戦いを無にしたくはない。
頑張れば明日がある、と言ってきた言葉に嘘はない。
私はがんと闘う患者さんに希望を提供したいと歯を食いしばって努力してきた。
しかし、私の切実な願いが周りに届いているのかどうか自信がない。
もどかしい時間だけが過ぎて行く。
「モルモットでもいい、できることはすべてして欲しい」と患者さんの家族は言う。
私もそうしたいと思うが、自分自身の家族の顔が目に浮かび、一歩先には進めない。
そんな自分が情けなく、こんな取り巻く社会にも腹立たしい。
望ましくない結果が起これば家族ともども世間から袋叩きにされるのが日本の世の常だ。
そうなれば、身内は世間の厳しい目にさらされ、息を潜めて生きていくことを強いられる
(望ましくない結果を妄想で作り上げるメディアもいるので、なおさら、大変だ)。
天涯孤独なら、この患者を救う可能性のために、身を捨てて、世間から受けるバッシングも厭わない。でも、現実には血の綱がった家族がいる。なんとも息苦しい年末だ。
しか

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