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私にとっての読売新聞とは⑥

経済ニュース

前川元文科次官をめぐる読売報道について、百歩譲って、すべてが読売側の主張する通りだったとしよう。そうすると読売バッシングの多くは、憶測や偏見に基づく誹謗中傷、袋叩きの集団リンチだということになる。だが読売に正義はあるだろうか。圧倒的な意見表明の手段を有し、安倍政権のためには支援を惜しまない新聞社が、言論機関の名誉を守るべきときに有効な反論をしていない以上、形勢は不利だ。隠者ではないのだから、批判を受け入れたとみなされても仕方がない。世間の多くはそう考えている。
果たして正義はどこにあるのか。私はなお、報道の自由の価値を守るため、みなが納得のいく詳細な経緯説明を求めたい。主張や釈明はもう必要ない。真相が知りたいだけだ。それは報道機関が常日ごろ、外に対して求めている姿勢でもある。人間関係でも同じだが、信用を失うのは一瞬のことだ。それを取り戻す任は重く道は遠い。目先の小利を捨て、時代への責任を自覚した大義をとるべきだ。弘毅の心構えを持たなくてはならない。
読売側の当事者は私もよく知っているが、個人的な感情や利害で発言するつもりはない。また、感情的な読売バッシングに加担されたと思われることも本意ではないことは、すでに明言した通りである。私に対する各方面からの誤解が、この文章を書く動機の一つになっている。
現在の読売新聞にはなんの感情もないが、日本の将来には強い関心と危惧を持っている。日本

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