砂漠の青がとける夜 — 平尾 あえる
砂漠の青がとける夜 [単行本]
中村 理聖
集英社
2015-02-05
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世界が淡い滲みを手放してしまおうとする前に、再び「パッヘルベルのカノン」が奏でられる。また、世界は揺らぐ。「ぎこちない優しさ」という言葉がしっくりくる感じのたどたどしさで進む旋律を、もう一度妨げたのは準君だった。
「パッヘルベルのカノン」と聞いて脳裏の奥底に残っていた子どものころの記憶を思い出した。片田舎にあったわたしの実家の門を出て右に曲がって、緑の生い茂った住宅が並ぶゆるやかな下り坂を進んだ先にある、2階建ての幼なじみのおうちからピアノが鳴っていた。彼女のお母さんがピアノの先生をしていたからだ。いつも弾いていた曲がまさに「パッヘルベルのカノン」であることを音楽の授業で教わった。
優しい打鍵からゆるやかな旋律が奏でられる。その曲を聴きながら、幼なじみのおうちの先のお隣さんの駐車場に置いてある、生活協同組合のボックスを目指して歩いていたものだ。でも、もうあのころの景色と音色を聴くことも観ることもない。大人になることで過去の感覚を記憶として呼び覚ますことしかできなくなるのであれば、それはとっても残酷なことだと思う。
中村理聖『砂漠の青がとける夜』は第27回小説すばる新人賞の受賞作だ。この作品は、東京から京都へ帰省して姉のカフェの手伝いをしている瀬野美月(みつき)の物語。ある時、
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