何世代もの間、アメリカ人は企業経営のなかで出世する道は一生懸命に働き、的確な意思決定を下すことだと教えられてきた。世の中が官僚化して、このことがまったく変わってしまったのだろうか。勤勉と報酬のつながりは、あまりあてにならなくなったのだろうか。著者は、前記2問の答はイエスだと信じている。100名を超える管理者にインタビューし、以下の質問に対する答えを求めた。
官僚組織は、中間管理者や上級中間管理者の間にいかなる倫理観を産み出すのか。トップの座にのぼるものとのぼらないものの違いは何か。このような質問に対して、インタビューを受けた管理者の多くが、聞きすてならぬ返事をしているのである。彼らは、自分自身や友人知己の経験談を交えながら、自由に――そして時にはユーモラスに――業績達成がどのように報われると見ているか、忠誠心と団結の果たす役割、チームプレーの意味、庇護者の存在価値、“目標数字の達成”ということの曖昧さ、運の果たす役目、“濡れ衣着せの時間”、失策からの脱出法、官僚組織言語の微妙ないいまわし、その他管理者の仕事の諸々の側面について、語っている。
ここに報告されている現象にトップマネジメントは眉をしかめるかもしれないが、大企業に勤めるということがもたらす思わぬ現象について考え直し、管理者養成の諸問題を新しい視点でとらえ直すよいきっかけになろう。
Source: ハーバード
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