「内田裕也はレジェンドだ」
そういう話をよく聞き。20代前半の頃だろうか、溢れるばかりの期待を胸に、私は深夜のテレビで彼が主催する「ニューイヤーズワールドロックフェスティバル」を見た。何か凄いものが始まるのではないか、人生変わるのではないか、一気にドロップアウトするのではないかなど、期待していた。
内田裕也オフィシャルサイトより:編集部
しかし、出てきた内田裕也はだいぶお疲れ気味で。ロケンロールを連呼していた。他のアーチストも、レジェンドなのだろうが、当時の私は特に熱くもならず。なんせ、内田裕也のヒット曲をしらない。というか、彼にはヒット曲がほぼない。代表曲すら怪しい。
よく、一発屋というが、一発があるだけエライ、オワコンというが、それは逆にコンテンツとして成立していたこと、人気や存在感がそれなりにあったことを示す。
しかし、そんな内田裕也がレジェンドたり得たのは、昭和という時代が、いや平成という時代ですらも、寛容だったからか。ロックだった。しかし、何がどうロックだったかよくわからない。ヒット曲も代表曲すらなく、ロックかどうかも分からず、しかし強烈な存在感があった内田裕也はすごい。ピエール瀧逮捕が吹き飛ぶほど、ではないが、死去が話題になるのはすごい。
ロケンロールと連呼したが、内田裕也のロックはよくわからない。しかし、このよくわからない姿こそが内田のロックではないか。
樹木希林と別
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