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フランス王アンリ7世崩御とジャン3世の男系継承

経済ニュース
アンリ7世(公式サイトより:編集部)
フランスの王位請求者であるオルレアン家のパリ伯爵にしてフランス公アンリ・ドルレアン(Henri d’Orleans)、ひと呼んでアンリ7世が崩御してその葬儀が2月2日にドルー(Dreux)のサン・ルイ王室礼拝堂(Saint-Louis Royal Chapel)で営まれ、各国の王族らが参列した。
死去したのは1月21日で、1793年にルイ16世が処刑された日だった。
アンリ7世は1933年ベルギーで生まれ、モロッコやスペイン、ポルトガルで幼少期を過ごした。王政復古期の1830~48年に王位に就き、最後のフランス国王となったルイ・フィリップ1世(Louis-Philippe I)の子孫であり、19世紀に王政が廃止された同国の王位請求者だった。フランス王家は987年即位のユーグ・カペーから男系男子嫡出で継続している。
側室がいないと男系男子は無理とかいう愚か者がいるが、フランス王家は男系男子、それも嫡出限定で1000年以上も継続している。遠縁でもいいと割り切れば大丈夫なのであって、それが困難になるのは、自分の子孫とかそれに近いところに女系でもいいから王位継承を限定したいという君主やその取り巻きが現れて騒動が起きたときだけであるのは古今東西共通だ。
アンリ7世の死去により、新たな王位請求者は息子のジャン(Jean d’Orle

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