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平成の挽歌としての貴乃花夫妻離婚

経済ニュース
平成最大のスポーツ界のスターであった貴乃花と、やはり、平成という時代を生きた女性にとっての花形職業だった女性アナブームの立役者だった景子夫人の離婚は、幕を下ろそうとしている平成という時代の終焉に奏でるにふさわしい挽歌のような気がする。貴乃花親方(現在は花田光司と呼ぶべきだが貴乃花で通す)の引退、貴景勝の引退に続き、景子夫人の離婚とあいかわらず、話題に事欠かない。
ル・クール社サイト、Wikipedia=編集部
その貴乃花が十両に昇進したのは1989年、つまり平成元年のことであり、宮沢りえとの婚約騒動は1992年、つまりバブル崩壊の直後だ。そして、1995年に横綱となり、同年、フジテレビの人気アナウンサーだった河野景子さんと結婚した。
「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」小泉首相が絶叫したのが2001年で引退はその翌々年だった。
若貴などといわれていたファミリーに暗雲が立ちこめたのは、2005年に父親の双子山親方が亡くなってからで、協会での立場は基本的には悪く、北の湖理事長時代には一時的によくなったが、その死とともにぎくしゃくし、貴ノ岩問題での奇行もたたって、ついに引退に追い込まれた。
アゴラの読者は知ってのとおり、私は親方としての貴乃花には徹底的にネガティブである。
横綱としての名声と資金力にものを言わせながら、力士のスカウトにも育成にも努力が足らなかった。女将さん

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