前日のコラムの続きだ。ルシファーに誘惑されて「善悪を知る木」の実を取って食べたアダムとエバは自分たちが裸であることを知ってイチジクの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。神が現れ、「あなた方は何をしたのか。あなた方が裸であるのをだれが知らせたのか」と問う場面がある(「創世記」第3章11節)。「失楽園」の終幕場面だ。
「楽園を追放されるアダムとエバ」フランスの画家ジェームズ・ティソの画(ウィキぺディアから)
「善悪を知る木」の実を取って食べたアダムとエバは下部を隠した。人は恥ずかしいところを隠す習性があるから、下部で罪を犯したことが分かる。口でも、手でもない。下部をイチジクの葉で覆ったというのだ。そして下部が罪となったということは、性的関係を持ったということを強く示唆しているわけだ。
今回は、現代人は“イチジクの葉”でどこを隠しているだろうかを考えてみた。
隠す以上、恥ずかしいところだが、多分、現代人の多くはアダムとエバと同様、下部を隠す人が多いのではないだろうか。もちろん、下部ではなく、口で人を誹謗中傷したり嘘をついたりしてきた人は口を隠すかもしれないし、他人から何かを盗んだ人は手を隠すかもしれない。
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