石破茂氏と憲法学の陰謀
自民党の石破茂氏は、現在の政府の憲法9条2項解釈はわかりにくいので、削除が望ましいと主張している。興味深いことに、そこで石破氏は、『あたらしい憲法のはなし』(1947年文部省中学1年生用教科書)や「芦田修正」についてもふれる(石破氏ブログ)。
しばしば誤解されているが、石破氏は、誰よりも憲法学通説に忠実な方である。伝統的な憲法学の通説をすべて一度完全に受け入れている。そのうえで、だから9条2項を削除するしかない、との結論を付け加えるだけである。
私は石破氏の改憲案には賛成だ。ただし、2項だけでなく、1項も削除していい、とも言っている。9条がなければ、国際法を守ればいい/守らなければいけない、ことが、はっきりするからだ。
石破氏は、物腰柔らかな勉強家だ。それに対して、私などは、いかにも品がない。憲法学の憲法解釈が偏向している、などと言っている。私に言わせれば、石破氏が議論の前提としている憲法解釈は、戦後憲法学の陰謀の産物でしかない。
たとえば、石破氏は、『あたらしい憲法のはなし』(1947年文部省中学1年生用教科書)を参照し、それが憲法「制定当初の意図」と描写する。ただし、より正しく言えば、そこに反映されているのは、教科書策定にかかわった新憲法推進運動を展開していた運動家たち、つまり東大法学部系の憲法学者たちの憲法制定の頃の「意図」であろう。
1946年の新憲法案に対する採決にお
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