朝日からアゴラに言論の“主役交代”:蓮舫事件に思う
フリーライターの山田高明さんがブログで、「アゴラ砲に殺された民進党」という記事を書いている。
民進党は今現在、哀れなプラナリアのように四つの勢力に分裂して生き長らえている。今回の選挙結果が一連のプロセスの区切りだとしたら、「始まり」は何だったのだろうか。私はまさに八幡和郎氏による次の記事だったのではないかと思っている。「蓮舫にまさかの二重国籍疑惑」(2016年08月29日)
という出だしに始まり、
誠実な対応によってのみ消火可能だったのに、彼女を露骨に援護射撃した朝日毎日や左派系知識人の尻馬に乗ってか、同じ様に批判を排外主義や差別主義へとすり替えてしまった。だが、「赤いパスポートになるのが嫌だった」という本音を持つ人が、なんで日本の国会議員になろうと思ったのか、なってどう国家に奉仕する意志だったのか、誰であろうと疑問に思うのは、素朴な庶民感情として当然のことだ。
興味深いことに、上のような現象は、これまで新聞・週刊誌やワイドショーなどのメディアが火付け役だった。ネットメディアから放たれた「実弾」がここまで政局を揺るがした例は、国内史上はじめてのケースかもしれない。これはまた、ネットを通して大衆に広まった「野火」が、朝日毎日といった既存メディアの権威と力をもってしても消火不能だったことを意味している。力関係の逆転とまでは言わないが、大衆による情報の拡大再生産がメディアの大衆操作力を
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